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オペラ
 ディドーとエネアス
の演出をしていました。
アンサンブルも含めると20人近く。50分の短編とは言え、やりがいのあるオペラでした。

バロックオペラの形式にとらわれずに熱い「思い」を抱き歌い上げる歌手達。
歌のプロフェッショナルとして訓練してきた持ち物+情感がそこからわき起こる時に、
形式は自然消滅し、生きた瞬間が感じられた。
 それがまた新たな形式となり焦りと共に繰り返されていく中で新たな挑戦をしていくのかもしれないなぁと。

 挑戦としては小さいかもしれないけど、大きな一歩にも感じました。

関係者の皆様、本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました。

 演出   智恵
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by tensaihotel | 2007-10-31 17:16
ニコとお暇な仲間達(長文)
道に迷ったギリシャ人のニコ(23)とトモエは友達になりました。

トモエはニコをいつも一緒にいるメンバーに紹介しました。

メンバーは人見知りするどころか、英会話の勉強にでもなると思ったのか、やたら話しかけます。片言の英語と身振り手振り、そして通じない事への軽い動揺からか日本語まで片言にして。

ニコとメンバーは焼き肉を食べ、ギリシャの事を聞いたりしました。みんなも一通りの自己紹介をしたりしました。ニコはお腹はいっぱいだと言いながら、やたら肉を食べていました。外国の人はよく食べるんだなぁと改めて思い知らされたのです。

そして次の日暇だったケンジと横浜に行く約束をしてバイバイをしたのでした。

ただ、ニコは外国人です。あれしきの酒や肉で足りる筈がありませんでした。ニコはトモエを誘い、トモエは生け贄にコバヤシを連れて行かせました。

こうなるとニコとコバヤシの戦いです。戦いはテキーラショットで行なわれました。コバヤシは次の日朝から仕事だったので、帰りたい帰りたいとニコに言っていました。しかしニコは仕事内容を聞いて、らくだと思ったのか、それならもう一杯、もう一杯と頼もうとします。コバヤシはニコの半分の背丈しかないので酔うのも早く大変です。コバヤシは頭を使い日本の酒を飲もうと焼酎を勧めました。ニコは焼酎をストレートで、コバヤシはこっそり水割りで飲みました。それでも、テキーラを三杯程飲みフラフラになっていると、ニコがこのお酒強いねと焼酎をさして、そろそろ帰る?と言い始めました。よしっ、と思った瞬間焼酎を一気しようという事になりコバヤシはヘロヘロで帰る運命に。次の日の話によると、ニコもだいぶ酔っぱらっていたようです。

そして次の日はケンジと中華街、山下公園へ。その話はケンジがいずれしてくれると思います。

その後二人は六本木へ。寿司屋へ行き、ニコに初の寿司を食べさせました。ニコの口には寿司は合わなかったらしくヘコたれていました。合流したマスモトとトモエとコバヤシらご一行はニコの体調がどうであろうと「そんの事関係ねぇ〜」と東京タワーへ向かい始めました。のちにこの「そんなの関係ねぇ〜」という巷で流行っているギャグは、ギリシャで「ノープロブレム」としてブレイクする事でしょう。

東京タワーが近づいて来ると、カノーが合流しました。メンバーの1人がこっそりうるせえのが来たなと思いました。

東京タワーが見えて来ると2016とライトアップされていて、あれは何で2016なんだとニコが尋ねたので、2016年で東京タワーは閉鎖されるんだとコバヤシは嘘をついてやりました。それにまんまとケンジはひっかかり第2ができるからねぇとうなずいていました。トモエもああ、そうかと感心していました。馬鹿な奴らです。ステュピッド。

ニコは東京タワーへつくなり写真を撮り始めました。そこでコバヤシはそんなニコを撮りました。
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するとケンジがまだ、東京タワー上に行けるという情報を手に入れてきたので、ニコとコバヤシ達は慌てて上がろうという事になりました。あと15分しかないというのにニコは、トイレに行きたいと途中でトイレに行ったものだから夜景も360度見れないままそのまま帰らされてしまいました。東京タワーのおっさん従業員は非常に冷たく「最後のエスカレーターでますよ」と言い放ちました。
エレベータは大変混雑していて日本の縮図をニコに見せる事ができて非常によかったと思います。
名残惜しいご一行は東京タワーの下で東京タワーを寝転がりながら見上げました。ニコはそのまま大好きな写真を撮って、道路で寝るのが大好きなトモエは寝始め、ロマンチックなケンジはあれやこれやを妄想していました。
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中野へ帰る傍らマスモトはスタジオジブリの説明でヒートアップしたのかニコの頭を鷲掴みにしていました。お陰でニコは危うく心まで鷲掴みにされる所でした。そんな中カノーはお腹がすいたと2分ごとに言っていたので、ニコは気を遣い、伊賀のカバ丸のような(オーバー34しか理解してませんでしたが)日本のそばが食べたいというので、若いコバヤシやマスモトは何の事か分からなかったのですが、それを知ってるR34の二名は焼そばを食べようと決め、トモエ宅で食べる事にしました。

トモエ宅で焼そばを食べて、その日は解散という事になりました。

次の日コバヤシに電話があり、今日はコバヤシの家に行くという事になったので、コバヤシは大慌てで部屋を片付けました。しかし部屋は片付きません。とうとうコバヤシは途中で汚いままニコを向かい入れようと開き直りました。片言の言葉同士お互い疲れがピークになってきていたので、ギリシャのジャンケンの仕方とかまったくどうでもいい事を話し始めていました。
そして次の日勢いで、富士山に行こうと約束して二人は別れました。

次の日ニコは、みんなにお土産を買わなくちゃ行けないから富士山には行けないと言い、暇なコバヤシはお土産を買うのについて行く事にしました。
まず、友達に日本のサッカーリーグ(Jリーグ)のマフラーが欲しいと言い始め、まったくそんなものが売っている場所を知らないコバヤシは警察官に聞きました。親切にいろいろ教えてくれましたが、コバヤシは方向音痴で道が結局分からずまい、何人かの人に聞きました。ニコはあんまり納得してなかったけれど、それらしいものを買っていました。次は巨人軍の帽子。今、巨人の帽子はなかなか売っていない事が判明。三越にすらなく、スポーツ店をいくつか回り、コバヤシはもう、阪神のでいいじゃんとニコに渡しました。ニコは絶対駄目だ!と意地になっています。だからこそ見つけた時は、興奮のるつぼでした。かぶってみて似合うか?と聞いて鏡に駆け寄る姿は子供。しかしながら、顔はチャーリーシーンに似ていました。

向かいの高島屋でお茶を買いそのまま秋葉原へ。秋葉原では高価なカメラを持ってるにもかかわらず、新品か?と聞いてはカメラを見ています。それもそのはず、ユーロは高いのです。1ユーロ約160円だと言っていました。ちょっとした成金気分だったのかもしれません。結局、怪しげな店で怪しげな手裏剣を買っていました。

その後は念願のメイド喫茶へ。ここはコバヤシも初めてだったので、ドキドキものです。店に入る為にエレベーターに乗ると、怪しげな男の人がメイドというバイトと話しています。エレベーターから降りると、「チャイムを押すと言ってもらえますよ」と男の人。
コバヤシ「なにを?」
男「押してみたら分かりますよ」(不適な笑顔)
コバヤシチャイムを押す。チャイムが鳴る「ピンポーン」
メイド「いらっしゃいませ、ご主人様」
コバヤシ「でたー!!」と戯曲調で書けばこんな感じになります。
ちなみにニコには「welcome,Domine」って伝えておきました。
色々説明をされてメイド喫茶が無駄に高い事をしりました。そしてメイドと黒ヒゲゲームをして、僕とニコの勝利。勝者には勝者の証のメダルではなく、うまい棒が渡されました。ニコに日本で1番有名な棒だと言っときました。嘘ではない。
何だかイライラしたのですぐに出ることにして、中野に戻ることにしました。ニコも僕もこの時点で結構疲れていました。ニコの目の下にはしっかりしたクマがあった。

帰りがけにトランク用の鍵が欲しいというので、99円ショップに行きました。ニコはここのものが全て?と驚いて、あれもこれもお土産にするとニコニコしていました。

そして中野坂上の駅でニコと別れた。
言葉の通じない4日間。けれど、別れる時には泣きそうになった。というか、少し泣いた。僕らは間違いなく友達になっていた。
ニコはみんなによろしく伝えてくれ。感謝しているとも伝えてくれと頼まれた。みんなにはまだ伝えていない。

「メールを送るよ」とニコは微笑んで改札へ入って行った。ニコはいつまでも手を振っていた。


あれから4日…メールはまだこない…。


文化も言葉も違う国の人と分かり合えるのか?という思いと、伝えたい伝えてほしいという丁寧さ。日本にいると、日本人同士分かり合えない事なんてない。みたいな事をつい思ってしまうけれど、分かり合える事なんてむしろない。って思う。相手を友達だとかカテゴリーで分けた時点でもう、分かり合える事なんてないかも知れない。経験によって考えてる事が少しは分かるかも知れない、けれどそれだって相手がかわっていたらもう駄目。自分の観念で物事を押し付けて、友達と思うのは非常に危険だと思う。友達という観念は1人ひとり違うし、仲間という観念も違う。僕はその辺をニコとの関わりあいから学んだ。何でこうならないんだみたいな事を僕は劇団でよく思うけれど、それは劇団という観念が違うのだと。しかしながら、分かり合える為には、すりあわせていく為には、こちらは丁寧に表示し続け、そして丁寧に相手を窺っていかなくてはいけないのだと思った。

馴れ合い禁止!ということだとおもった。自分で書いてドキッとする。ま、それが分かったという事で「ノープロブレム」

文体が途中でかわる程長い文章になってしまいましたが、最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。
小林
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by tensaihotel | 2007-10-21 11:11
開高 健
最近は「開高健」にはまっています。
何ていうか、例えるならば、、、
強靭な軸を持った肉体が放つ図太い矢にぐっさりとやられる感じ。
なのだけれど、そこで死ぬのは今までの自分であり、常に新しく更新される喜びを開高さんから得られた。

「筒井康隆」や「内田樹」「西研」「養老孟司」「別役実」「イヨネスコ」「ベケット」、、、
あげたらきりがないですが、いいですね、こういう本に出会えると。
すごく嬉しい。変身への喜びを感じてとにかく行動したくなる。

そんな思いでジャズのレッスンに行った。
時代の流れと共に踊りのスタイルは変化する。
その変化を受け入れた上で自分を最大以上に生かす踊りを模索していけたら
脚本や演出においても古びない時代性を見つけられるように思う。

90年代をメインに踊っていた私が90年代の我をだしてもしょうがない。
90年代の良さは現在までの間にやっぱり進化している。
その進化を知った上で90年代を考えられたら初めてただのノスタルジーじゃ
なくなる。

古びない普遍性を開高健さんに強く感じた一日でした。

智恵
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by tensaihotel | 2007-10-11 00:58